東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)206号 判決 1986年8月15日
原告 中野海産株式会社
被告 鎌田博
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が、昭和五九年六月三〇日、同庁昭和五七年審判第一二二二五号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めた。
第二請求の原因
原告は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、考案の名称を「オボロコンブ製造具」とする考案(以下「本件考案」という。)について実用新案登録(昭和五二年七月二二日実用新案登録出願、昭和五五年一一月六日実用新案出願公告、昭和五六年六月二六日設定登録に係る実用新案登録第一三八六〇九六号。以下「本件実用新案登録」という。)を受けた実用新案権者であるところ、被告は、昭和五七年六月一〇日、本件実用新案登録について無効の審判を請求し、昭和五七年審判第一二二二五号事件として審理された結果、昭和五九年六月三〇日、「本件実用新案登録を無効とする。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年七月二四日原告に送達された。
二 本件考案の要旨
一端を片軸支した他端側を外方に直角に折り曲げついで内方に直角に三回折曲げて上肩隅に解放部を形成した掛具と、棒状体の掛棒と、よりなるオボロコンブ製造具。
三 本件審決理由の要点
本件考案の要旨は、前項記載のとおりと認められるところ、請求人(被告)が甲第五号証の五及び六(本訴における乙第一号証の五及び六に相当。以下同じ。)並びに甲第六号証の一ないし五(本訴における乙第二号証の一ないし五に相当。以下同じ。)として提出した写真には、本件考案の掛具と同一の形状を備えた金具又は同金具と細竹片が写されていることが認められる。そして、甲第五号証の五及び六に写された情景は、甲第五号証の一ないし七(甲第五号証の一ないし四及び七は、本訴における乙第一号証の一ないし四及び七に相当。以下同じ。)を総合すると、秋田市土崎港中央一丁目一八―三一竹中昆布店々頭において、同金具及び細竹片を用いてオボロコンブを製造している作業情景であることが推認できる。また、甲第六号証の一ないし五に写されている物は、それがオボロコンブ製造具であることを示す証拠はないが、オボロコンブ製造具である本件考案のもの及びオボロコンブ製造具と推認される甲第五号証の五及び六所載のものと同一の形状を備えていること、その形状が用途に適した特異なものであること、及び他の用途に用いられる同一ないし類似の形状の物が存するという証拠もないことから、オボロコンブ製造具であることが推認できる。更に、証人武藤吉廣についての証拠調べの際に、請求人代理人が甲第六号証の一ないし五の金具及び細竹片の原物として提示した物と対比して、甲第六号証の一ないし五は、同原物を正写したものであることが認められ、また、甲第六号証の五ないし七(甲第六号証の六及び七は、本訴における乙第二号証の六及び七に相当。以下同じ。)は、同じくその原物として提示された雑記帳と表記された書類と対比して、同書類の表紙及び内容の一部を正写したものであることが認められる。甲第六号証の一ないし五に正写されている金具は、それを精査したところでは、証人武藤吉廣の証言のとおり三〇~四〇年間使用されたものと確認することはできないが、その損耗、発銹の状態からみて、遅くとも本件考案の実用新案登録出願時には、既に使用されていたものと認められ、この認定を否定する証拠はない。甲第六号証の五ないし七に示された書類も、その原物を精査したところ、証人武藤吉廣の証言のとおり昭和三三年に作成され、かつ、本件考案の掛具と同一形状の廻金なる物品の略図は、同図の記載のある頁に記載の34、10、21なる数字の示す日付け、すなわち、昭和三四年一〇月二一日に記載されたものと認められ、この認定を否定する証拠はない。以上認定したところを総合すると、甲第六号証の一ないし五に示されたオボロコンブ製造具が本件考案の実用新案登録出願前より製造され使用されていたことが認められる。そして、オボロコンブ製造作業は、甲第五号証の一ないし七の示すとおり、特に製造販売を行う小規模店では、アトラクシヨンを兼ねて店頭において行われるのが通常である(百貨店等で開催される諸国物産展等においてアトラクシヨンとして公衆の面前で行われる実演販売は、しばしば見られるところである。)から、甲第六号証の一ないし四に示されたオボロコンブ製造具(以下「引用オボロコンブ製造具」という。)は、本件考案の実用新案登録出願前国内において公然知られたものといわねばならない。
したがつて、本件考案は、その実用新案登録出願前に国内において公然知られた考案に帰し、本件実用新案登録は、実用新案法第三条第一項第一号の規定に違反してなされたものと認められるから、これを無効にすべきものと認める。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決は、引用オボロコンブ製造具の製作及び使用の時期並びに公知性についての認定を誤つた結果、本件考案をもつてその実用新案登録出願前に日本国内において公然知られた考案であるとの誤つた結論を導いたものであるから、この点において違法として取り消されるべきである。すなわち、
1 本件審決は、引用オボロコンブ製造具は、遅くとも本件考案の実用新案登録出願時には既に使用されていた旨認定しているが、本件審決の右認定は、根拠のない独断的なものである。すなわち、引用オボロコンブ製造具は、中津隆作成の昭和五七年一二月二三日付書面(甲第四号証)に記載されているとおり、被告が竹中昆布店こと竹中新一に密かに送り届け、同人が保管中のものであり、また、本件審判事件において、証人武藤吉廣は、引用オボロコンブ製造具は三〇年以上使用されたものである旨供述している(乙第三号証中右証人の証人調書第二四項)が、右の供述は、全く根拠のないものであり、更に、鉄製の金具は、塩分及び酢分の多い状況のもとでは直ぐに発銹、腐食するものであるから、引用オボロコンブ製造具が発銹しているということは、それが古くから使用されていることの根拠となり得ない。
2 本件審決は、乙第一号証の一ないし七の写真の被写体である竹中昆布店こと竹中新一方店舗の状況をもつて、引用オボロコンブ製造具が公然知られたことの唯一の証拠としているが、右の写真に写されている程度の小店舗の状況から引用オボロコンブ製造具が公然知られたものとすることはできない。また、右の状況からオボロコンブの製造作業はアトラクシヨンを兼ねて店頭で行われるのが普通であると推認することもできず、更に、右の竹中新一方店舗にある掛具と同一形状の掛具及び掛棒が古くから竹中新一方店舗で使用されていたことを証する証拠もないから、結局、引用オボロコンブ製造具の考案が公然知られた事実はなかつたのである。
第三被告の答弁
被告訴訟代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。
一 請求の原因一ないし三の事実は、認める。
二 同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は、正当であり、原告主張のような違法の点はない。
1 被告訴訟代理人弁護士對崎俊一及び同弁理士早川政名は、昭和五七年九月一一日、秋田市土崎港中央一丁目一八―三一の竹中昆布店こと竹中新一方を訪問し、その際、同店の店頭及び店内の様子並びに同店で使用されているオボロコンブ製造具の構造及び使用状況を写真撮影したものであるところ、その写真が乙第一号証の一ないし七である。また、對崎弁護士は、その際、竹中新一方店頭にあつたオボロコンブ製造具を取付台から外して細竹片と共に同人から預かり、更に、同市土崎港中央七丁目二―一八の鍛冶屋正勝刃物工場こと武藤吉廣方に立ち寄り、「雑記帳」と題する製作図面集を同人から預かり、同月一三日、被告代理人の事務所においてこれらを写真撮影したものであるところ、その写真が乙第二号証の一ないし七である。以上の乙号各証の写真の撮影内容について説明すると、写真に写つている金具及び細竹片は、本件考案のものと同一形状であり(乙第一号証の五及び六並びに第二号証の一ないし五)、また、竹中昆布店は、向かつて右端の窓の内側直ぐの所がオボロコンブ製造の作業場となつており(乙第一号証の一及び二)、右窓の内側間近に、本件考案のオボロコンブ製造具と同一形状のオボロコンブ製造具が取り付けられた台があり(乙第一号証の三)、その場所で右のオボロコンブ製造具を用いてオボロコンブの製造作業が行われている(乙第一号証の五及び六)。更に、武藤吉廣から預かつたオボロコンブ製造具(乙第二号証の一ないし五)は、その損耗、発銹の状態からみて、遅くとも本件考案の実用新案登録出願時には既に使用されていたものと認められ、殊に、鉄棒の太さが変わつてしまつている様子(乙第二号証の二)をみると、このような変化が五、六年程度の経過で生ずるものでないことは明らかである。更にまた、武藤吉廣から預かつた「雑記帳」は、昭和三三年に武藤が作成したものであるが、それには、本件考案のオボロコンブ製造具と同一形状の廻金なる物品の略図が昭和三四年一〇月二一日の日付とともに記載されており、そのころ本件考案のものと同一形状のオボロコンブ製造具が、同人の工場で製造され、竹中昆布店へ納入されている。以上の事実を総合すると、引用オボロコンブ製造具は、本件考案の実用新案登録出願前より製作され使用されていたものであり、このことは、本件審判事件における証人武藤吉廣の証言(乙第三号証)からも明らかである。
2 前記竹中昆布店の作業場の位置等によると、同店のオボロコンブ製造の作業状況は、店内に入つた者にはもちろん、通路にいる者からも容易に見ることができるから、オボロコンブ製造具を用いたオボロコンブの製造は、公然知られていたものということができる。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本件審決は、引用オボロコンブ製造具の製作及び使用の時期並びに公知性についての認定を誤つた結果、本件考案をもつてその実用新案登録出願前に日本国内において公然知られた考案であるとの誤つた結論を導いたものであるから、この点において違法として取り消されるべきである旨主張するが、以下に説示するとおり、原告の主張は、理由がないものというべきである。
本件考案の構成と引用オボロコンブ製造具の構成とが同一であることは、原告の明らかに争わないところ、原本の存在及び成立について争いのない乙第三号証(本件審判事件の口頭審理調書)並びに同号証及び弁論の全趣旨により昭和五七年九月一一日對崎俊一撮影に係る秋田市土崎港中央一丁目一八―三一所在の竹中昆布店こと竹中新一方の店頭、店内の様子、同店で使用されているオボロコンブ製造具の構造及び使用状況の写真であることが認められる乙第一号証の一ないし七、同月一三日對崎俊一撮影に係る右のオボロコンブ製造具、秋田市土崎港中央七丁目二―一八所在の鍛冶屋正勝刃物工場こと武藤吉廣方にあつた「雑記帳」と題する製作図面集の表紙及び記載内容の一部の写真であることが認められる乙第二号証の一ないし七を総合すると、(1)竹中昆布店こと竹中新一は、昭和三〇年代以降、秋田市土崎港中央一丁目一八―三一の店舗において、オボロコンブを含む昆布の製造販売業を営んでいるところ、同店に向かつて右側の窓の間近の作業場では、引用オボロコンブ製造具を用いてオボロコンブを製造していること、(2)引用オボロコンブ製造具は、秋田市土崎港中央七丁目二―一八所在の鍛冶屋正勝刃物工場こと武藤吉廣方で遅くとも三〇年前に製造され、竹中新一に納入され、それ以後同人方店舗で前記のように使用されてきたものであること、(3)竹中新一方店舗は道路に面し、また、その作業場は同店内の前記の場所にあるため、同作業場で行われるオボロコンブの製造状況は、同店の訪問者はもちろん、同店舗前道路の通行者も窓越しに見ることができること、以上の事実が認められ、右認定の事実によると、竹中新一方における引用オボロコンブ製造具を用いたオボロコンブの製造状況は、本件考案の実用新案登録出願前より竹中新一方の訪問者及び店舗前道路の通行者など不特定かつ多数の者によつて観覧されてきたものというべきところ、引用オボロコンブ製造具は、金具と細竹片とからなる簡単な構造のものであつて、その構造に照らせば、その技術内容はその外観及び使用状況から容易に理解し得るものと認められるから、引用オボロコンブ製造具にみられる本件考案の構成と同一の構成は、本件考案の実用新案登録出願前に公然知られたものと認めるのが相当である。原告は、引用オボロコンブ製造具は、中津隆作成の昭和五七年一二月二三日付書面(甲第四号証)に記載されているとおり、被告が竹中新一に密かに送り届けたものである旨主張するが、右書面は、前段認定に供した各証拠に照らし、直ちに信用することができない。また、原告は、本件審判事件における証人武藤吉廣の、引用オボロコンブ製造具は三〇年以上使用されたものであるとの供述は全く根拠のないものであり、更に、引用オボロコンブ製造具が発銹していることは、それが古くから使用されていることの根拠となり得ないものである旨主張するが、前掲各証拠に照らすと、本件審判事件における証人武藤吉廣の右供述をもつて根拠のないものであるとは認められないのみか、前掲乙第二号証の一ないし五により認められる、引用オボロコンブ製造具の発銹状況のほか、損耗状況等に徴すれば、引用オボロコンブ製造具は、古くから使用されてきたものと認めるに十分である。更に、原告は、乙第一号証の一ないし七の写真に写されている程度の小店舗の状況から引用オボロコンブ製造具は公然知られたものと認定することはできないなどと主張するが、竹中新一方店舗の状況等は前認定のとおりであり、その認定事実によると、引用オボロコンブ製造具の構成は、本件考案の実用新案登録出願前に公然知られたものというべきである。以上のとおり原告の主張するところは、いずれも採用するに足りず、その他前段認定を覆すに足りる証拠はない。
(結語)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告の本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 武居二郎 高山晨 清永利亮)